第6話 いつかの菜の花畑(後)
「楽しみなこと、ひとつ」
第6話 いつかの菜の花畑(後)
鳩野(はとの)さんは今45歳で、この仕事は楽しいけど、70歳になったらさすがに引退したい、とだいぶ先のことを笑いながら話した。25年後か、と茅乃(かやの)は思った。自分は60歳で、ちょうど定年の頃だ。
「息子がいるんですけど、家族全員が食べていける収穫でもないし、私一代限りの事業です」
なんだったら松崎さんにさえやる気がおありでしたら畑貸しますよ、25年後、と鳩野さんは言った。いやいやそんな、と茅乃が手を横に振ると、けっこう真剣ですよ、と鳩野さんは少しだけ真顔になった。今日出会った人の話を本気にするのは良くない、と思いつつ、事業の運営にいくらぐらいかかるのか、という話を参考までに尋ねると、鳩野さんは、畑の維持や油の精製の依頼の費用などを話してくれた。
「稼ぎはすべて家計の足しにしてますけど、私一人なら暮らしていけるお給料は出てますよ」
率直な鳩野さんの話を聞きながら、茅乃はいつしか、現状だとちょっと足りないな、とか、それなら大丈夫そうだな、などと実際的なことを考え始めていた。鳩野さんは名刺をくれて、また帰省されたら連絡くださいね、と笑った。
それから数カ月経った今も、茅乃は鳩野さんの名刺をダイニングテーブルの脇の小物入れにずっと入れている。5月の連休の時には事務所を訪ね、依頼している精製所に見学に連れて行ってもらった。
鳩野さんがどこまで本気なのかはわからないし、結婚していて家族がいるんなら、いややっぱり親族に、ということにもなるかもしれないけれども、軽く心づもりをしておくのは悪くないんじゃないかと思った。鳩野さんから借りるんでなくても、定年後に菜の花畑の面倒を見る目的があるのは良いことだ。
部屋は買えても事業するのはちょっとだけ足りない分、今から何かやろうかな、と茅乃は菜種油であげた天ぷらを食べながら考え始めた。
「60歳までに…」
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