第5話 いつかの菜の花畑(中)

「楽しみなこと、ひとつ」

第5話 いつかの菜の花畑(中)

菜の花畑のあぜ道に立って、なだらかな山の稜線を眺めながら、やはり定年になったら故郷に帰ろうと茅乃(かやの)は思った。そう思うと、今の仕事をこれまでよりも頑張れる気がした。

帰りに近所の道の駅に寄ると、駐車場に菜の花のように黄色く塗った軽自動車が入ってくるのが見えた。なんとなく見に行くと、車体に「鳩野由里子(はとのゆりこ)商店」と黄緑色の文字で印刷されていて、これはいつも使っている菜種油の会社だ、とちょっと有名人の車を見つけたような気持ちで見守っていると、中から茅乃より少し年上に見える女の人が出てきた。黄緑色の作業着を着ていて、車のトランクを開けている女の人に、茅乃は話しかけた。

「あの、菜種油いつも使ってます。おいしいです」

「え、うちのを? ありがとうございます」

女の人は、最初は少し驚いていたものの、すぐにお辞儀をして茅乃の報告に感謝を示した。

「もしかして鳩野由里子さんですか?」

「そうです。一人でやってます」

勢いで名前を会社につけちゃってなんだかお恥ずかしい、と鳩野さんが恐縮していると、道の駅の係員と思われる人が、鳩野さーん、搬入手伝いますよ!と出入り口の方からやってきたので、茅乃は、あ、どうぞどうぞ!といったんその場を離れた。

その後、道の駅の喫茶スペースでコーヒーを飲んでいると、鳩野さんが売場の方から出てきたので、さっきはありがとうございました!と手を振ると、鳩野さんがこちらの方にやってきた。これから少し休憩します、とのことだったので、前の席を勧めると、いいんですか?と鳩野さんは座った。

再び茅乃が菜種油が良いという話をすると、鳩野さんは、母親から相続した菜の花畑の小さい一角の収穫で事業をしているということを教えてくれた。

Check「定年後どうする?」

人生100年時代、セカンドライフに何をしたい?どこでどう暮らす? 自分のライフプランを考え、実現するために何が必要か逆算してみましょう。

津村 記久子(つむら きくこ)
1978年大阪府生まれ。2005年デビュー。著書に「この世にたやすい仕事はない」(新潮文庫)、「ディス・イズ・ザ・デイ」(朝日新聞出版社)、「やりたいことは二度寝だけ」(講談社文庫)など多数

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